花言葉:「マーガレット」「紫陽花」「霞草」

花言葉を1日1つ覚えようと思いたったのが昨年11月。

せっかくいくつか身についてきたので、誰かにお披露目したい!

そんなわけで植物にまつわる豆知識と一緒に紹介していきます。

 

今回は「マーガレット」「紫陽花」「霞草」の3種について。

 

1/マーガレット

花言葉「恋占い」

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第一号は個人的にお気に入りのマーガレットの花言葉

恋占いとは、花びらを1枚ずつちぎって、「あの人は私のことが好き、嫌い、好き、嫌い・・・」ってやるやつですね。

 実はこのマーガレット、花びらの枚数が奇数なんです。

ということは、お気づきでしょうか。恋占いを「好き」から始めると「好き」で終わります。この出来レースっぷりが可愛くてお気に入りです!

ちなみに、恋占いが生まれた本家のフランスでは、「好き」「ちょっと好き」「大好き」「嫌い」の4択で占うそう。こちらも奇数への対策がバッチリですね!

恋占いをする際にはぜひマーガレットがオススメです。

 

 

2/紫陽花(アジサイ

花言葉「移り気」

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紫陽花の花は時間の経過・環境により色が変化するところから、別名「七変化」と呼ばれます。これが花言葉の由来ですね。

咲き始めは花に葉緑体を含んでおり、薄い緑色をしています。ここからもちろん色が変化するのですが、環境によって分岐があります。ポイントは根を張る土壌のpH濃度。紫陽花は本来ピンク色ですが、土壌がアルミニウムイオンを含む酸性であると、紫陽花が持つ色素(アントシアニン)と結合して、青色に変化します。

ちょっとややこしいですが、土壌が酸性だと青色アルカリ性だとピンク色の花をつけるんですね。私は逆リトマス紙と覚えました。

また、青い花も老いるとピンク色に変化します。

これは土壌のアルミニウムイオンがどんどん紫陽花に吸収されて、土壌がアルカリ性に近づいていくからです。

梅雨のじめじめした季節に咲き、枯れた頃に初夏へ移り変わるところも花言葉に似合うなと思います。

 

3/霞草(カスミソウ)

花言葉「清らかな心」「無邪気」

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〆はその見た目、名前共に好きな霞草で!

和名の由来は小さな白い花が無数に咲く様子が「春霞」のようであり、花言葉の「清らかな心」はこの小さな白い花が可憐である様子から。
和名もさる事ながら、英名も良いのです。その名もbaby's-breath(ベイビーズブレス)。これは日本人にはなかなか思いつかないのではと思ったネーミング。枝先に白く小さな花が散らばっている様を赤ちゃんや愛しい人の吐息と例えているらしいです。この感性が欲しい!「無邪気」の由来はここからですね。

 

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カラーカスミソウをご存知でしょうか。霞草の茎の切り口から染料を吸い込ませて花を染色したものです。自然のものではないので、買うか手作りするかでないと手に入りません。とても綺麗なのでご紹介!

 

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書評:星新一「古代の神々」

僕は星新一が好きだ。

いや、「好き」なんてものじゃない。崇拝している。

もし僕に人生観などという大層なものがあるとすれば、大いに星新一の影響を受けているに違いない。

 

多くの人がそうだと思うけど、僕が星新一を初めて読んだのは小学生の時だった。

理論社から刊行されている「星新一ショートショートセレクション」を、母親が図書館で借りてきてくれたのだ。

いくつかの作品は、読んだときの印象も鮮明に覚えている。

「ピーターパンの島」は、あまりの後味の悪さに唖然としたし、「処刑」は流刑地の惑星の描写の美しさに感銘を受け、主人公の行く末が気になって夢中でページを繰った。「これからのできごと」は、(星新一の作品の多くがそうだけど)オチの鮮烈なイメージが脳裏に焼き付いて、しばらく忘れられなかった。

 

星新一ショートショートセレクション」はシリーズを全て読んだし、新潮社や角川書店から刊行されている文庫本も機会があれば読んでいたから、昔から星新一とは特に縁が深かった。でもそこはまだ子供で、やっぱりゲームや漫画の方が好きで、だんだんと読書から離れていった。

 

僕の中でリバイバルが起きたのは、大学生の時だ。

授業をサボってばかりの不真面目な学生で、時間だけは有り余っていたので、僕は読書を趣味としていた。ある時、古本屋を物色していて見つけたのが、星新一の初期の短編集「ボッコちゃん」だった。

知る人は知っている、星新一の代名詞といえるくらい有名な短編集。「昔は好きだったなあ」と懐かしくなって、改めて読み直してみることにした。

 

買って、読んでみて、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

あれ!? ウソ!? なんだこれ!?

星新一って、こんなに面白かったっけ!!?

 

全部の話が、信じられないくらい面白かった。

癖がない文体で、ぐいぐい読ませてからの、切れ味よい巧みなオチ。

客観的な文章で、固有名詞を排した透徹とした世界でありながら、どこかユーモラスで、あたたかさがある。

 

今回はそんな星新一の作品の中から、僕が特に好きな作品の一つを紹介したい。

新潮社より刊行されている、「おみそれ社会」に収録された「古代の神々」という作品だ。

 

おおまかなあらすじはこんな感じ↓

 

〈時はAC(アフター・コンピューター)4900年。人類は世の中の管理を全てコンピューターに任せることによって、争いのない平和な世界を実現していた。

ある日、とある青年が夢のお告げを受けて、地中に埋められた5000年前のタイムカプセルを発見する。それはつまり、彼らが神と崇めるコンピューターを作った存在、古代の神々が残した品だ。

青年は仲間を集め、タイムカプセルの中を調べる。が、そこには彼らが期待したようなものは無くて……。〉

 

この作品の大きな魅力は、物語を通して流れる牧歌的な雰囲気だろう。コンピューターに管理された社会と聞くと、ディストピアな気配を感じるかもしれないが、この話に限ってはそんなことはない。争いや貧困がなくなった平和な社会には、のんびりとした空気が流れていて、それが読んでいる側にも伝わってくる。

 

 安定した社会の人々は、無垢そのものだ。タイムカプセルに入っていたびっくり箱を開けて、驚いて気絶したり、ままごと用の食器を見て、古代の神々は小食だったのだと感心したりする。現代では当たり前に存在するものを見て、未来の人々が首をひねりながらあれこれと想像する様子が面白い。

 

 ただ、やっぱりそこは星新一で、強烈な皮肉も利いている。タイムカプセルを埋めた当時の人々の写真に、未来の人々が震えあがるのだ。貧困の写真、戦争の写真、大勢が目を吊り上げている写真。なんて恐ろしい顔だろう……深刻で、ずるさに満ち、不健康で、狂気を帯びている者すらある……。

 

この短編を読んでいて、ドキリとさせられた場面があった。物語の終盤、青年がタイムカプセルの中に入っていた紙切れに目を通す場面だ。

 

「〈平和〉〈平和〉という文字が、ほうぼうに出てくる。なにか大切な、非常に大切なことのような感じがする。古代の神々だか悪魔だか知らないが、必死になって、呼びかけているようだ。

 これがどんなことなのかわかったらなあ、と青年は思う。だが、それだけは無理なのだ。人種がなく、国がなく、個人の差がなく、なんの対立もない。そんな状態のものにわかるはずのないことなのだ。」

 

「平和」とは何か。それはきっと、「平和」という言葉が存在しない社会なのだろう。現代社会では、当たり前のように争いがあり、飢餓や貧困があり、事故や犯罪が存在する。だから、それらが存在しない理想状態を表す「平和」という言葉が必要なのだ。

 

星新一の鋭い眼差しは、常に社会のひずみのようなものを的確にとらえていて、それが作品の深みとなって表れる。かといって、もちろん彼は、この話に教訓的な意味を持たせようとはしていないだろう。

「古代の神々」を読んでから、ずっと僕の頭の中には、作品の美しいイメージが残り続けている。あなたもこの作品を読んで、星新一の世界に身を浸してみてはいかがだろうか。

 

†常闇マロン†